特集・モデルコース
モデルコース

関ケ原合戦 行軍コース

もっとしっかり歴史散策をしたい方のための道

関ケ原の地を西へ東へ。脚力に自信のある方向けのコースです。標高293mの松尾山登頂や、大谷吉継の墓・自害峰などの山間部も多く歩きます。

距離:約16km
時間:徒歩 約6時間(※おおよその移動時間です。散策時間は含んでいません)

関ケ原駅前観光交流館

関ケ原の観光情報の発信拠点としてJR関ケ原駅前に開館した「関ケ原駅前観光交流館」。観光案内のほか、おみやげショップや休憩スペースなどもあり、古戦場巡りの拠点としてご利用ください。

徒歩 5

東首塚・松平忠吉・井伊直政陣跡

JR関ケ原駅の北、東首塚・松平忠吉・井伊直政の陣跡があります。
東首塚は、関ケ原合戦終了後、東軍の戦死者の首を埋めたとされる場所です。
戦死者の霊を慰めるかのように、鬱蒼と茂る大木がそびえ立っています。

徒歩 5

関ケ原町歴史民俗資料館

2020年民俗学習館としてリニューアルオープン予定。隣には新しい古戦場記念館が同時オープン予定。

徒歩 1

田中吉政陣跡

徳川家康最後陣跡のすぐそばにあります。
田中隊は、ここより石田隊に向かって兵を進め、西軍の先鋒の兵と激突しました。

徒歩 1

徳川家康最後陣跡

東軍の大将・徳川家康の最後の陣跡です。
合戦後、この場所で首実検なども行ったとされています。

徒歩 10

細川忠興陣跡

細川忠興は約5千の兵を率い、相川の南付近(JAにしみの 関ヶ原支店の裏手)に布陣しました。
細川隊は首級130余を挙げたと言われています。

徒歩 12

黒田長政・竹中重門陣跡

黒田・竹中両軍の陣跡であり、この場所から開戦の烽火が上がったとされています。
岡山山頂の展望台から関ケ原を一望することができます。また途中の竹林は凛とした空気を感じることができます。

徒歩 20

決戦地

関ケ原合戦で最も戦いの激しかった場所だといわれています。

徒歩 15

笹尾山・石田三成陣跡

展望台から西軍の要・石田三成が見ていたであろう関ケ原全景が見渡せます。
山頂には各陣跡の位置がわかる音声ガイド付きの地図が設置されています。

徒歩 15

島津義弘陣跡

薩摩の雄・島津義弘の陣跡。
合戦後も多くの方々が義弘公を慕って訪れています。

徒歩 5

開戦地

この場所で東軍の松平・井伊隊が最初の攻撃を西軍・宇喜多隊にしかけ、関ケ原合戦の火蓋が切られました。
その後、東軍・福島隊が宇喜多隊と激突しました。

徒歩 1

北天満山・小西行長陣跡

キリシタン大名として有名な小西行長の陣跡です。

徒歩 10

南天満山・宇喜多秀家陣跡

西軍主力部隊・宇喜多秀家の陣跡。
天満神社境内にあり、気高さを感じられる場所です。
神聖な雰囲気の杉並木の中を通り抜けます。

徒歩 15

平塚為広碑

大谷吉継の親友・平塚為広の陣跡。
体の不自由な大谷の代わりに指揮したともいわれています。

徒歩 10

大谷吉継陣跡

誰よりも早く関ケ原に陣を築いたといわれる大谷隊の陣跡。
小早川秀秋の陣をにらむような位置にあったことがわかります。

徒歩 5

大谷吉継墓・湯淺五助墓

“義”を貫いた友情の武将・大谷吉継の墓所。
木々に囲まれた道を抜けると、木漏れ日に照らし出されるように墓石が現れます。

徒歩 30

脇坂安治陣跡

西軍として参加しましたが、小早川軍の裏切りを見て自分も東軍へついた武将・脇坂安治の陣跡。

徒歩 45

松尾山・小早川秀秋陣跡

松尾山麓から山頂までは、徒歩で往復約80分かかります。(山道のため足元注意)
頂上には西軍から東軍に寝返ったことで有名な武将・小早川秀秋の陣跡があります。
山頂からは関ケ原の町並みが一望できます。

徒歩 50

福島正則陣跡

東軍の武将・福島正則の陣跡。
月見の名所としても知られている場所です。

徒歩 15

藤堂高虎・京極高知陣跡

西軍の実力部隊・大谷軍と戦った、藤堂・京極の陣跡。
現在は関ケ原中学校の校庭内にあります。

徒歩 5

西首塚

関ケ原合戦・西軍の戦死者を葬ったとされる場所。
首と胴が埋められたため、別名「胴塚」とも呼ばれています。

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